中長距離ランナーのスプリント走の重要性
スプリント走というと短距離選手の分野という印象があるかもしれませんが、競技レベルの中長距離ランナーにもスプリント走は重要な要素になります。
日本人選手と海外のトップ選手の差はスピード不足であると言われており、海外のマラソンランナーは若い頃は陸上の中距離選手だったことも珍しくありません。
近年では若い時期のスピード強化の重要性を耳にする機会も増えてきましたが、10000mなどの長距離のレースが人気ありますし、箱根駅伝を人生の目標に掲げるランナーも多く、スピード強化が疎かになってしまうことが珍しくありません。
エリートランナーを対象にした研究では5000mのタイムが速い選手は、100mや400mスプリント走のタイムが良いことが報告されています1。
5000mや10000mのトラックレースでは最後の1週のラストスパートでのスプリントが勝負を分けることも珍しくありません。
特にオリンピックや世界陸上などの国際的な大会では序盤のペースが遅く、終盤にかけて徐々にスピードが上がっていく傾向にあり、スピードの重要性が高いかと思います。
スプリント能力に必要な要素
概要
スプリント走のパフォーマンスを向上させる最強のトレーニングは何か?と聞かれれば、そのようなものは存在しないというのが答えです。
何かひとつのトレーニングが一時的な効果があったとしても、それだけで長期間にわたってスプリント走が伸びていくというほど現実は甘くありません。
中長距離ランナーのスプリント走のトレーニングに関する論文を精査した研究では、スプリント走のタイムを速くする最も優れた方法はなく、複数の方法を取り入れるほうがパフォーマンスが向上しやすいことが報告されています2。
実際に国際レベルの中長距離ランナーほどスプリント走、ウェイトトレーニング、プライオメトリクスなど複数のトレーニングにバランスよく取り組んでいる傾向にあることが報告されています3。
一方で市民ランナーであればスプリント走に取り組む重要性は低く、有酸素運動を中心としたトレーニングに取り組んだ方がタイムが改善しやすいかと思います。
ウェイトトレーニング
スプリント走を速く走るためには筋力強化が欠かせず、ウェイトトレーニングは筋力強化の基礎となります。
中長距離選手だとヒルスプリントで筋力強化することも多く、ウェイトトレーニングをやらないということも多いかと思います。
ヒルスプリントに取り組むことで確かにスプリント走のタイムは良くなるのですが、やはり限界があります。
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ウェイトトレーニングをやればスプリント走のタイムが速くなるかというと、現実はそんなに甘くはありません。
私自身の経験でいうとスクワットの最大挙上重量がプラス60kg近く増加したにもかかわらず、200mスプリント走のタイムは1秒も縮まらなかった経験があります。
筋力強化だけで速く走れるわけではなく、神経伝達、速筋の持久力、足首の剛性などの能力をバランスよく強化しないとスプリント走が思うように伸びないという事態になりかねません。
ウェイトトレーニングに取り組んでもスプリント走が速くならなかったからウェイトトレーニングは無駄だ、と結論付けるのは好ましくありません。
ウェイトトレーニングや筋力強化はスプリント走の土台をつくるものであり、他のトレーニングをバランスよく組み合わせることで真価を発揮するものだと思います。
加速力
中長距離ランナーは200mや400mスプリント走はやるけれども、数十メートルの短い距離のダッシュはやらないというケースが珍しくないかと思います。
中長距離ランナーの特性を考えると短い距離のダッシュの重要性が低いと思うかもしれませんが、200mスプリント走の最大スピードを高めるためには数十メートルの加速力が欠かせません。
そして、加速力を伸ばすためには数十メートルのダッシュで神経伝達の適応を引き起こすことが大切になります。
毎回200mスプリントなどをやっていると、加速局面での力の入れ方、神経伝達を学習することが難しくなり、タイムが頭打ちになりやすいと言えます。
スプリント走の最初の数十メートルの加速力はウェイトトレーニングとの関連性が強く出やすい部分であり、普段からウェイトトレーニングに取り組んでいることが大事になります。
特にヒップスラストのエクササイズの挙上重量との関係性が強いことが報告されており、横方向への筋力発揮が加速力を高めるポイントになります4。
最高スピード
スプリント走の最高スピードは200mや400mスプリント走に大きな影響を及ぼし、最大疾走速度を高めることが重要なポイントになります。
最高スピードを鍛えるためには80~100mほどの距離でのスプリント走が役立ち、200mスプリント走ばかりやっていると最高スピードで走る神経伝達が発達しにくくなります。
そして、最高スピードを高めるためにはウェイトトレーニングで筋力のベースを作り上げておくことが大事になってきます。
特にスクワットの挙上重量との関係性が強く、スクワットが強くなることで最高速度に達した時にうまく力が入りやすくなります4。
加速力を高めるには横方向の筋力発揮が大事でしたが、最高スピードを高めるには縦方向の筋力発揮が大事になります。
しかし、100mスプリント走など最大スピードを高める練習だけを続ければスプリント走のタイムが良くなるかというとそうではなく、
特定の練習に偏ってしまうと速筋の持久力低下や神経伝達の衰えなどによって、スプリント走のタイムがむしろ悪くなってしまう可能性があります。
繰り返しになりますが、スプリント走のタイムを伸ばすためには様々なトレーニングをバランスよく取り入れることがポイントになります。
プライオメトリクス
中長距離ランナーがスプリント走のタイムを高めるためには、バウンディングなどのプライオメトリクスのトレーニングに取り組むことが大切です。
しかし、プライオメトリクスのトレーニングもしっかりと行っている中長距離ランナーは少ない印象です。
スプリント走を速く走るためには足首の硬さが重要であり、ランニングの着地時に足首がぐにゃっとつぶれてしまうと弾性エネルギーが逃げてしまい、
地面からの反発力をうまく使うことができなくなくなり、スプリント走のパフォーマンス低下につながります。
このためバウンディングなどのプライオメトリクスのトレーニングで、足首を瞬間的に固める能力を高めることが大事になります。
また、プライオメトリクスではエキセントリック収縮の筋力発揮を強化するという役割もあります。
ウェイトトレーニングで鍛えた筋力は重い重量を持ち上げるためのものであり、エキセントリック収縮といった爆発的な筋力発揮の強化には限界があります。
こういったプライオメトリクスのトレーニングは想像以上に関節や腱へのダメージが大きいため、注意が必要です。
筋肉がまだまだ動く状態でも早めにトレーニングを切り上げることが怪我予防のポイントになります。
持久力
スプリント走のパフォーマンスを高めるためには速筋の持久力を高めることも大事になります。
中長距離ランナーの場合には普段から持久力を高めるトレーニングに取り組んでいるので、十分な持久力を備えていると思うかもしれませんが、
スプリント走で重要なのは速筋の持久力であり、スプリント走の速いスピードで走ることを繰り返す持久力が大事になります。
200m~400mのスプリント走を10回~20回と繰り返すことで速筋の持久力が高まり、スプリント走のパフォーマンスが高まります。
しかし、こういった速筋の持久力のトレーニングばかりを続けると、加速力や最大スピードが徐々に衰えていきます。
やはり、様々なトレーニングをバランスよく組み合わせていかないとスプリント走のタイムがなかなか伸びないという事態に陥りやすくなります。
ランニングフォーム
スプリント走のタイムを高めるためにはランニングフォームも重要になります。
中長距離ランナーの中にもランニングフォームに意識を払っている選手もいるかと思いますが、走るスピードが速くなるほどランニングフォームの重要性が増していきます。
最高スピードが速いほど、わずかなランニングフォームの違いの影響を受けやすくなるため、スプリンターはランニングフォームの研究に熱量がある傾向にあります。
一方で閾値走やジョグなどではランニングフォームの違いによる影響はそんなにないという研究結果も多く報告されています。
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スプリント走トレーニングによる怪我のリスク
中長距離ランナーがスプリント走のタイムを伸ばすには、様々なトレーニングを取り入れることが大事でなのですが、
こういったトレーニングを取り入れていくと、過剰な負荷がかかりやすく怪我のリスクが高まるという問題があります。
普段から長距離を走っているため、スプリント走のトレーニングを入れるととんでもない負荷になってしまう可能性があります。
怪我で長期離脱してしまってはパフォーマンスが大幅に低下してしまうので、注意が必要です。
スプリント走の怪我のリスクを抑えるために大事なことは、急激に練習量を増やさないことです。
少しずつ簡単なトレーニングを取り入れて、身体を負荷に適応させていくことがポイントです。
普段からウェイトトレーニングに取り組んでいることも強靭な身体を作ることに役立ち、スプリント走のトレーニングによる怪我のリスクを減らすことにつながります。
適正な負荷のバランスの見極めが大事なポイントです。
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まとめ
中長距離ランナーでもスプリント走が重要であり、5000mのタイムが速い選手は100mのスプリント走も速い傾向にあります。
スプリント走のタイムを伸ばすには、特定の練習に偏らずに、ウェイトトレーニング、加速力、最高スピード、プライオメトリクス、持久力などをバランスよく鍛えることが重要です。
<参考文献>
- Yamanaka R, Ohnuma H, Ando R, Tanji F, Ohya T, Hagiwara M, Suzuki Y. Sprinting Ability as an Important Indicator of Performance in Elite Long-Distance Runners. Int J Sports Physiol Perform. 2020 Jan 1;15(1):141-145. doi: 10.1123/ijspp.2019-0118. PMID: 31094259.
- Llanos-Lagos C, Ramirez-Campillo R, Moran J, Sáez de Villarreal E. The Effect of Strength Training Methods on Middle-Distance and Long-Distance Runners' Athletic Performance: A Systematic Review with Meta-analysis. Sports Med. 2024 Jul;54(7):1801-1833. doi: 10.1007/s40279-024-02018-z. Epub 2024 Apr 17. PMID: 38627351; PMCID: PMC11258194.
- Blagrove RC, Brown N, Howatson G, Hayes PR. Strength and Conditioning Habits of Competitive Distance Runners. J Strength Cond Res. 2020 May;34(5):1392-1399. doi: 10.1519/JSC.0000000000002261. PMID: 29023328.
- Loturco I, Contreras B, Kobal R, Fernandes V, Moura N, Siqueira F, Winckler C, Suchomel T, Pereira LA. Vertically and horizontally directed muscle power exercises: Relationships with top-level sprint performance. PLoS One. 2018 Jul 26;13(7):e0201475. doi: 10.1371/journal.pone.0201475. PMID: 30048538; PMCID: PMC6062113.