ランニングの怪我の難しいところのひとつが、痛みや怪我が数ヶ月後にやってくることがあることです。
これがトレーニングの負荷や走行距離の調整を見誤ってしまう原因になり得ます。
関節のダメージが数ヶ月後にやって来る理由
ある研究でマラソンを走った事による膝のダメージをMRIで調べたところ、フルマラソンを走った時の軟骨の微細な損傷は約3ヶ月残っていたという研究結果があります1。
(Luke et al 2010より引用)
微細な軟骨の損傷であるため直ちに痛みや怪我につながるものではありませんが、数ヶ月単位で膝の軟骨にダメージが蓄積されていくと、ある日突然膝が痛くなるということが起こる可能性があります。
これは競技レベルや走行距離によって耐性が違い、マラソンを走った翌日には膝の軟骨のダメージが元に戻っているという研究結果もあります。
こういったことから2〜3ヶ月の運動量の合計がその人の最大キャパシティーに近いのではないかと個人的には考えています。
身体の細胞が入れ替わるサイクル、ランナーが現実的に使える指標、そういった点を考えた時にキャパシティーはおおよそ2〜3ヶ月の運動量と考えられるわけです。
練習量が多すぎることを自覚できない可能性も
練習をやり過ぎて故障が長引いてしまったり、競技パフォーマンスを落としてしまったり、最悪の場合には引退に追い込まれてしまいます。
こういったケースでは練習量が多すぎるという自覚がないことが珍しくありません。
自分自身のキャパシティーを見誤ってしまうと「そんなに走っていないのに怪我をしてしまう、何か特別な怪我の原因があるはずだ!」と。
いつまで経っても走り過ぎであるというシンプルな怪我の原因に気が付くことができず、怪我が治らないという事態に陥る人達を少なからず見てきました。
練習量は変わっていないのなぜ怪我をしてしまうんだろう?と疑問に思うときは、数ヶ月単位での練習量を見直してみるのも悪くないと思います。
キャパシティーを知ること
怪我を防ぐためには自分自身のキャパシティーを知ることが大切です。
これ以上走ったらまずいポイント、ランナーが走れる最大の距離、などなど色々な定義が考えられるかもしれません。
しかし、実際の問題はキャパシティーを具体的に計測する方法がほとんど存在せず、正確に計測できないことです。
自分自身のキャパシティーを知る方法として痛みの有無が考えられます。痛みがなければ走って大丈夫という考え方です。
身体が痛みを発するのは瀕死状態になったときであることが多く、痛みが出始めた時にはすでに手遅れということが珍しくありません。
そして、痛みのない瀕死状態でなければ現在ライフポイントがどのくらい残っているのかを知ることができません。
他にも身体の状態を知る手段として、MRIを使えば骨、腱、軟骨のダメージの有無を調べることができるかもしれません。
しかし、どのくらい走って大丈夫なのか?あと何キロだったら痛みなく走ることができるのか?といったことはMRIの診断結果からはわかりません。
怪我の診断や研究目的においてMRIは非常に有効な手段なのですが、怪我をしていないランナーのキャパシティーを見極めるのには足りません。
他にもランナーのキャパシティーを測る方法として月間走行距離という指標があるかもしれませんが、月間走行距離では現時点での残存ライフポイントがわからないという欠点があります。
ある人のMAXの月間走行距離が500kmだとして、そのまま毎月500km走ってしまうと数ヶ月で故障してしまう可能性があります。
キャパシティーがわかれば、そこから直近の運動によるダメージ、休養といったスケジュールを踏まえて現在のライフポイント、つまり後どのくらいトレーニングで負荷をかけられるのかを推測することができます。
もちろん、この計算には不正確さがつきまといます。例えば練習メニューの急激な変更、筋肉系の故障など当てはまらないランニングの怪我はたくさんあります。
しかし、目的は走り過ぎによる怪我を防ぐことであり、何か一定の指標を設けることで走り過ぎているということが自覚しやすくなると思います。
ランナーは現時点でのライフポイントがわからない状態でランニングというゲームに参加しているようなものだと思います。
不正確ながらも様々な方法を駆使して自分自身のキャパシティーを推測し、キャパオーバーにならないように練習を工夫することが怪我を減らすことにつながると思います。
一定期間ごとに練習メニューを変える
関節へのダメージが約3ヶ月蓄積されるということは、激しい練習をするのを2〜3ヶ月で区切りにして期間ごとに練習メニューを変えていくことが怪我を防ぐのに役立つ可能性があります。
例えば2〜3ヶ月は長距離ジョグを中心に取り組んで、そのあとは少し負荷を落とした練習期間を入れるなど、時期によって練習メニューを変化させていくことでキャパオーバーを防ぎやすくなります。
軽い練習をする期間、激しい練習をする期間、大会前の調整といった感じで期間ごとに練習メニューを変えることで、身体にダメージが蓄積するような激しい練習が続くことを避けやすくなります。
関節のダメージは数ヶ月後にやって来るということを踏まえて、自分のキャパシティーと残存ライフポイントをしっかりと見極めて練習量を調整することが大切です。
<参考文献>
- Luke AC, Stehling C, Stahl R, Li X, Kay T, Takamoto S, Ma B, Majumdar S, Link T. High-field magnetic resonance imaging assessment of articular cartilage before and after marathon running: does long-distance running lead to cartilage damage? Am J Sports Med. 2010 Nov;38(11):2273-80. doi: 10.1177/0363546510372799. Epub 2010 Jul 14. PMID: 20631252.
- Haugen T, Sandbakk Ø, Seiler S, Tønnessen E. The Training Characteristics of World-Class Distance Runners: An Integration of Scientific Literature and Results-Proven Practice. Sports Med Open. 2022 Apr 1;8(1):46. doi: 10.1186/s40798-022-00438-7. PMID: 35362850; PMCID: PMC8975965.