ランナーの体重管理について
長距離ランナーの体重はパフォーマンスや健康状態に影響を与える重要な要素であり、速く走るために体重を管理している選手も少なくないかと思います。
近年ではスポーツ医学の発展によって無理な減量をするランナーは少しずつ減っている印象がありますが、マラソンのタイムを改善するために減量に取り組むランナーもまだまだ多いことかと思います。
低体重ランナーのメリット
ランニングのパフォーマンス向上
体重が軽くなると走るのに必要なエネルギーが少なくて済むため、理論上はマラソンのタイムが速くなります。
有名な説として「1kg減量するとマラソンが3分速くなる」というものがあります。
これは机上の物理計算式で導き出した結果であると言われており、信憑性がいまいちであるという意見もあります。
他にも低体重であることがマラソンに有利に働くことの根拠としてよく用いられるのが、世界レベルの陸上選手の体重を分析したものです。
実際に世界トップレベルのランナーの体重やBMIを分析した論文があり、短距離ランナーはBMIが21〜25、中距離ランナーならばBMIが19〜22、長距離ランナーならばBMIが18〜21の範囲内にあることが多いようです1。
(Sedeaud et al 2014)
こういったデータから長距離ランナーほど、低体重であることが有利であると考えられています。
減量の効果
短距離種目に比べて長距離選手は低体重の傾向にあることは知られていますが、では同じ競技に取り組んでいる選手を比べたときに体重差がタイムに影響しているかというと話が違ってきます。
エリートレベルのケニア人の長距離ランナー(10000m〜フルマラソン)を調べた研究では、体重やBMIとランニングのパフォーマンスに関連性はみられなかったことが報告されています2。
念のため体重が有利に働くという研究結果がないかも調べてみましたが、このような結論を出している論文は見当たりませんでした。
つまり、金メダルや世界王者がたまたま低体重であることはありますが、世界トップレベルのランナーを数多く分析すると体重とランニングのタイムにそこまで強い関連性は見られないようです。
このことから同じ競技に取り組んでいる選手を比べた場合には体重差はそこまで大きな影響を与えない可能性が考えられます。
そして、そもそも減量で体重を減らしてランニングのタイムが速くなるのか?という問題も考える必要があります。
興味深いことに減量に取り組んだ選手の多くはパフォーマンスが低下するという研究結果が数多く報告されています3。
一方で減量に取り組むことでランニングのパフォーマンスを向上した、という研究結果は見つけることができませんでした。
このため減量によってタイムを速くなるという科学的根拠は弱く、再現性は低いのではないか?と考えられます。
Google検索で減量の効果を調べると、減量に取り組んでランニングのタイムが縮まったという体験談がちらほら出てきます。
こういった体験談の多くは減量と同時に走行距離を増やしていたり、トレーニングメニューを変えていたりすることが多く、純粋な減量の効果であるかどうか疑問が残ります。
減量によってランニングのパフォーマンスが改善したと言うためには、同じ練習内容で食事を減らすだけでタイムが速くなったという結果が大事ではないでしょうか。
ちなみに、食べる量を極端に減らしたランナーが体調を崩して、タイムが遅くなってしまったという体験談もネットに溢れています。
私自身は減量に取り組んで体重を4kg減らしても5000m走のタイムはそんなに変わりませんでした。
が、減量のために普段よりも走行距離を増やした時、ランニング初心者の時期に体重がかなり重かった時などは体重が減っていくとタイムが劇的に速くなっていきました。
その一方で減量に取り組んで体調を崩してタイムが悪くなった時期も経験しています。
話が長くなりましたが、世界トップレベルの長距離ランナーは確かに低体重の傾向にあるけれど、ランニング上級者は減量に取り組むことでマラソンのタイムが速くなるという客観的で証明力の強いデータはほとんど存在しません。
一方で体重が重くてもマラソンを速く走れるというデータも存在せず、食べ過ぎて走りのキレがなくなるという事例もあるので、過度な減量だけでなく暴飲暴食も良くないというのが結論になるのかなと思います。
低体重ランナーのデメリット
オーバートレーニングのリスク
減量に取り組むことでランニングのパフォーマンスが低下するという研究結果は数多くあり、その理由としてオーバートレーニングを引き起こしやすいことが影響していると考えられています3。
食事制限などで十分なエネルギーが供給されていないと、リカバリー能力低下や免疫力低下、筋肉量の減少や代謝の低下など様々な悪影響を引き起こします4。
エリート長距離ランナーの半数近くが十分な食事や栄養が摂取できていないことが報告されています4。
低体重のランナーは貧血のリスクが高まりますし、十分な食事がないとオーバートレーニング症候群を引き起こすリスクが高まります5・6。
女性ランナーの場合には食事量が少ないと無月経などにつながり、ある研究ではエリート長距離ランナーの約6割が無月経であったことが報告されています4。
過度な減量がパフォーマンス低下を引き起こすとして、どこまでが適正体重の範囲内なのか?というと難しいところです。
減量が悪影響を及ぼすからといって、無制限に体重を増やすわけにはいきません。体重が重くなり過ぎてもパフォーマンスが低下してしまう可能性があります。
疲れが取れない場合やオーバートレーニング気味の場合には、体重が低過ぎないか?という点を見直すことが大事になるかと思います。
怪我のリスク
体重が低すぎると怪我につながってしまうことがあり、特に疲労骨折などのリスクが高まります。
食事制限などで骨に十分な栄養が行き届かないことによって疲労骨折につながると言われています。
オリンピック出場レベルのマラソン選手でも疲労骨折を引き起こすケースが意外と多いので注意が必要です。
まとめ
世界トップクラスの長距離ランナーは低体重の傾向にありますが、減量にはパフォーマンス低下やオーバートレーニングを引き起こすリスクがあります。
無理のない適正な体重を見極めることや適切な食事をとることがパフォーマンス向上に欠かせません。
<参考文献>
- Sedeaud A, Marc A, Marck A, Dor F, Schipman J, Dorsey M, Haida A, Berthelot G, Toussaint JF. BMI, a performance parameter for speed improvement. PLoS One. 2014 Feb 25;9(2):e90183. doi: 10.1371/journal.pone.0090183. PMID: 24587266; PMCID: PMC3934974.
- Sengeis M, Müller W, Störchle P, Fürhapter-Rieger A. Competitive Performance of Kenyan Runners Compared to their Relative Body Weight and Fat. Int J Sports Med. 2021 Apr;42(4):323-335. doi: 10.1055/a-1268-8339. Epub 2020 Oct 14. PMID: 33053598.
- Cupka M, Sedliak M. Hungry runners - low energy availability in male endurance athletes and its impact on performance and testosterone: mini-review. Eur J Transl Myol. 2023 Apr 11;33(2):11104. doi: 10.4081/ejtm.2023.11104. PMID: 37052052; PMCID: PMC10388605.
- Melin AK, Heikura IA, Tenforde A, Mountjoy M. Energy Availability in Athletics: Health, Performance, and Physique. Int J Sport Nutr Exerc Metab. 2019 Mar 1;29(2):152-164. doi: 10.1123/ijsnem.2018-0201. Epub 2019 Feb 26. PMID: 30632422.
- Stellingwerff T, Heikura IA, Meeusen R, Bermon S, Seiler S, Mountjoy ML, Burke LM. Overtraining Syndrome (OTS) and Relative Energy Deficiency in Sport (RED-S): Shared Pathways, Symptoms and Complexities. Sports Med. 2021 Nov;51(11):2251-2280. doi: 10.1007/s40279-021-01491-0. Epub 2021 Jun 28. PMID: 34181189.
- Tabata S, Tsukahara Y, Kamada H, Manabe T, Yamasawa F. Prevalence of anemia and iron deficiency and its association with body mass index in elite Japanese high school long-distance runners. Phys Sportsmed. 2024 Aug;52(4):360-368. doi: 10.1080/00913847.2023.2267561. Epub 2023 Oct 9. PMID: 37795704.